映画『人数の町』ネタバレ&考察!ラストシーンの意味とは?

今回は、映画『人数の町』のあらすじと考察をネタバレありで紹介します。

ルールさえ守れば衣食住には困らないという不思議な町。

その町の住人は、社会に居場所を失った人たちばかりでした。

ラストシーンの意味とは?人数の町とは?

映画『人数の町』を見たけどよくわからなかったという人は、ぜひ本記事を参考にしてください。

目次

映画『人数の町』の作品情報

監督荒木伸二
脚本荒木伸二
公開年2020年
制作国日本
キャスト中村倫也
石橋静河
立花恵理
橋野純平
植村宏司 ほか  
上演時間111分
ジャンルSF

映画『人数の町』のあらすじ

ルールさえ守れば不自由なく暮らせる愛と平等の町。

借金を抱え社会に居場所を失った蒼山は、ポールと名乗る人物にある町へ連れて行かれる。

その町では、「バイブル」と呼ばれるガイド本に書いてあるルールさえ守っていれば、衣食住に困ることはない

酒、タバコ、性、あらゆる快楽が提供される不思議な町だ。

住人は「デュード」、町の管理人は「チューター」と呼ばれる。

デュードたちは、蒼山と同じく社会から行き場を失った人々ばかり。

ルールを守り、簡単な労働をこなせば生きていけるこの環境で、蒼山は紅子という女性に出会い……。

映画『人数の町』の感想【ネタバレなし】

自由とは何か、平等とは何か。そして自由とは幸せなのか?

不思議な雰囲気に引きつけられました。

日本社会に対する風刺が効いていて、考えさせられる内容です。

何よりルールを守れば衣食住が保証されている点がおもしろいですよね。

設定だけ聞いたら、ずっとそこで暮らせばいいような気がするもんね。

中村倫也といえばイケメン俳優のイメージですが、本作では全然頼りないひょろっとした兄ちゃんです。

カメレオン俳優ぶりに驚きました。

ストーリーに間延び感はあったものの、中村倫也の演技がよかったです。

以下、ネタバレを含みます

主な登場人物とキャスト

映画『人数の町』の主な登場人物とキャストを紹介します。

蒼山哲也(演:中村倫也)

借金を抱えたことから人数の町にやってきました。

最初は町のシステムに戸惑っていましたが、次第に順応していきます。

紅子と過ごすうちに思いを寄せるようになり、町からの脱走を決めます。

突然の「愛してる」にはびっくりしちゃった。

木村紅子(演:石橋静河)

妹の緑と、姪のモモを探すために人数の町にやってきた紅子。

町の在り方に疑問を持ち、馴染むことができません。

末永緑(演:立花恵理)

紅子の妹で、モモという娘がいます。

夫からの家庭内暴力に耐えかねて人数の町にやってきました。

町に溶け込んでしまい、紅子が脱出しようと説得しても聞く耳を持ちません。

ポール(演:山中聡)

蒼山を連れてきたチューター。

基本的には気さくな雰囲気ですが、抵抗を見せると表情が一変します。

多分怒らせたらいちばん怖い人。

映画『人数の町』の結末

デュードたちは、簡単な労働をこなしながら気ままに暮らしていた。

労働の内容は、口コミの投稿・飲食店のサクラ・選挙の代理投票・デモ活動・治験など、さまざま。

こうした活動にただ参加するだけであり、外の世界で感じていたストレスとは無縁だ。

最初はこの町のシステムに疑問を抱いていた蒼山だったが、次第に考えることをやめて町に馴染んでいった

そんなある日、蒼山は紅子という女性と出会う。

彼女は妹の緑と姪のモモをこの町から連れ戻すためにやってきたのだ。

この町にいれば何不自由なく生活できるのに、なぜ外の世界に行きたがるのか理解できない蒼山。

すっかり順応しきった蒼山は、この町の異常性がわからなくなっていたのだ。

蒼山は紅子と行動をともにするうちに、想いを寄せるようになる。

緑が町を出ることを拒んだため、蒼山と紅子とモモの3人で人数の町から逃げ出すことに。

しかし、町を囲むフェンスを越えると頭のなかに鳴り響く大音量の音楽。

デュードは首にチップを入れられており、チューターが持ち歩いている専用の機器から離れると、頭の中で大音量の音楽が流れる仕組みになっているのだ。

蒼山と紅子が苦しんでいると、チューターがやってきて捕まりそうになる。

2人はチューターの機器を奪い取り、モモを連れてなんとか逃走。

そのまま役所に向かうが、3人の戸籍が抹消されていると判明し、途方に暮れる。

その後、体調不良になった紅子を病院に運ぶと、妊娠していることが発覚

そこに現れたポールは、蒼山に人数の町へ戻ってくるよう伝える。

戸籍が抹消された人間が生きる場所など、外の世界にはないというのだ。

時が経ち、スーツを着て仕事に向かう準備をする蒼山。

紅子は、蒼山が音楽を止める機器を忘れて出かけたことに気づく。

実は、蒼山はチューターとして人数の町で働いていたのである。

そして「こんな綺麗な景色は初めて見た」と話すデュードに対して、「綺麗に見えるのは自由だからだ」と語りかけるのだった。

映画『人数の町』の感想【ネタバレあり】

映画『人数の町』を見て、特に印象に残っていることを2つ紹介します。

日本社会に対する痛烈な風刺

ストーリー全体を通して、日本社会に対する痛烈な風刺だと感じました。

作中に出てくるさまざまな数値は日本社会が抱える問題そのもの。

また、住人の以下の行動も決して他人事ではありません。

  • 与えられた環境に何の疑問も持たずに順応する
  • 薬の説明書を読まない
  • 契約書(同意書)の細部まで目を通さない

ひょっとしたら自分も住人になってしまうのではないかと思ってしまうのです。

住人の「ハイ、フェロー」から始まる挨拶も、社会でよく見るフレーズだなと感じました。

「お世話になっております」みたいなものだよね。

個人ではなく単なる「数」としての扱い

この町の指導者的な立場の人間は「チューター」、住人は「デュード」と呼ばれます。

住人はお互いに名前で呼びあうことがなく、なんなら名前を知りません。

作中で名前がわかる住人は緑、紅子、モモだけだよね。

「デュード」とは、「Dude=奴、アイツ」を意味する単語です。

徹底して個人としての区別をしないところが印象的でした。

映画『人数の町』の考察

映画『人数の町』で気になったシーンを考察しました。

考察1:人数の町とは?この町の目的は?

デュードは、単なる数合わせのために集められた人々のこと。

その「数合わせの人々」が暮らす町だから人数の町なのです。

では、人数の町の目的はなんなのでしょうか。

住人が労働としておこなっていた行為は以下のものです。

  • 選挙での不正投票(別人へのなりすまし)
  • インターネットの書き込み
  • 薬の治験
  • デモ活動
  • テロ行為

これらの行為は、日本社会に対して大なり小なり影響を与えます。

作中では明かされていませんが、少なくとも日本社会を動かすことが目的なのでしょう。

考察2:ラストシーンの意味は?

映画『人数の町』のラストシーンは何を意味するのでしょうか。

以下のシーンをそれぞれ考察していきます。

蒼山が音楽を止める機器を置き忘れたことに紅子が気づくシーン

家を出る時はスーツを着ていた蒼山。

おそらく紅子にはチューターとして働いていることを隠しているのでしょう。

紅子は薄々勘づいていて、置き忘れた機器を見て確信を持ったのだと思います。

外の世界で自由に生きたいと願っていましたが、戸籍のない2人には無理だったのです。

蒼山はチューターとして働くしかなかったんだね。

夢を見て町を飛び出したものの、現実を知った2人は家族と生きるためだと割り切ったのでしょう。

割り切って生きることも日本社会とリンクしているようにも感じます。

チューターとなった蒼山がデュードに語りかけるシーン

チューターとなった蒼山がデュードに「景色が綺麗に見えるのは自由だからだ」と話すラストシーン。

これは何を見て「綺麗だ」と言っているのかによって解釈が分かれると思います。

自分は、労働のために外出した時にたまたま登った高台で外の世界の景色を見ているのだと考えました。

人数の町のなかにしか居場所のない蒼山とデュード。

町にいれば生きていくことはできますが、与えられたことに従うだけで選択肢はありません

一方、外の世界では自分で選択することができます。

蒼山の言葉は、「外の世界が綺麗に見えるのは、自分には決してつかむことができないものだから」という意味が込められているのでしょう。

町を出ても選択肢がなかった蒼山だからこそ、この言葉が出たんだろうね。

考察3:チューターの正体は?名前はビートルズが由来?

人数の町の指導者的な立場のチューター。

ラストシーンで蒼山がチューターになっていたことから、チューターは元デュードであることがわかります。

実はチューターの名前が「ビートルズ」のメンバーの名前になっていたことにお気づきでしょうか。

  • 蒼山を連れていったチューター:ポール
  • 労働の引率をするチューター:ジョン
  • 女性チューター:リンダ(ポール・マッカートニーの妻の名前)
  • チューターになった蒼山:リンゴ

※ジョージは見つけられませんでした。

ビートルズは労働者階級出身で、愛や平和をテーマにした曲を数多く手がけています。

人数の町のコンセプトと合っていることから、この名前がつけられたのかもしれません。

病院でポールが蒼山に対して「町の外では生きられない」と言うシーン。

これはポール自身が過去に経験したことだったのかもしれません。

ポールもかつてデュードとして町で暮らしていましたが、何かしらの事情で脱走。

しかし外の世界では生きられず、チューターとして戻ってきたのだとしたら、あのシーンも見方が少し変わりますよね。 

ここからは想像の話になりますが…。

ポールが脱走した理由は、蒼山と同じく「愛する人と外の世界で暮らすため」だったのではないかと思います。

そしてその愛する人とは、女性チューターのリンダだったのではないでしょうか。

上でも書いたように、ビートルズのポールとリンダは夫婦です。

作中でもポールの左薬指に指輪がはまっているのが見えたよ。

愛する人と夢を持って外の世界へ出たのに、なす術もなくチューターとして戻ってきた2人。

2人がデュードに対してどこか冷たく無関心に感じるのは、外の世界で嫌というほどの絶望を味わったからなのかもしれないですね。

リンダが脱走した蒼山と紅子を咎めなかったのも、かつての自分と同じだと感じたからなのかもしれません。

考察4 :紅子のお腹の中にいるのは誰の子?

人数の町から脱走後、紅子の妊娠が発覚します。

この子の父親は誰なのでしょうか?

正直、誰の子なのかはっきりはわかりません。

ただ、父親は蒼山だと考えるのが自然でしょう。

自分の子どもだからこそ、人数の町で働くことを決意できたのではないかと思います。

2人が行為に及んでいる描写はなかったですし、出会ってからさほど時間が経っていないので妊娠が発覚するのも早すぎる気もしますが…。

だからといって、外の世界で紅子に恋人がいた描写もなかったですし…。

作品としては、守るべき家族が増え、責任が重くなることが重要なのでしょう。

その子の父親が誰なのかは論点ではないため、はっきりと明かされていないのかなと思います。

映画『人数の町』ネタバレ&考察まとめ

今回は、映画『人数の町』のあらすじと感想・考察をネタバレありで紹介しました。

日本社会に対する痛烈な風刺が印象的でしたね。

自由とは、平等とは、そして自由は幸せなのか、考えさせられました。

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